管理人的親不知讃歌/20200206/最期は笑って死ねるような人生-松本零士的生死観

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管理人的親不知讃歌

2020/02/06

最期は笑って死ねるような人生-松本零士的生死観  

私は小学校低学年の頃、「人間は死ぬとどうなるんだろう?」と漠然と疑問に思っていた少年で、これがスピリチュアル的な才能とカリスマ的な人徳があれば(?)とっくに新興宗教の教祖サマとして信者と大金をせしめて名声を博していると思うのだが、小学生の頃からパソコンでプログラムなんぞを組んでるガキだったので、非科学的なスピリチュアルなモノは唯物論的弁証法によって否定しているし、人徳どころか私にはそもそも人間的に魅力すらない。よって、相変わらず大して儲かりもしない仕事をしては大酒を呑み、好き勝手なことをして生きている。
私のツマラナイ人生はどーでも良いのだが、最近は本を読むよりネットの記事の方が面白くて困る(笑)。まぁ、私もこうしてネットで駄文をシタタメているので、勉強かたがた興味本位で読むのであるが。

「若大将」とチャーラー動画、時代の欲望を比較する
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00088/012100008/

私は押井守監督よりは若いオッサンだし世代も違うが、この記事で言わんとすることは分かる。
個人的にはウルトラマンシリーズが幼稚園~小学校低学年の時代から流行っていたし、恐竜ブーム(?)とスーパーカーブームを体験しているからだ。私はカウンタックやフェラーリには憧れたが、ウルトラマンやゴジラ、もっと言えば恐竜のどこが良いのか?ちっともサッパリ理解しなかった(それは今でも同じだが)。
映画も個人的にはほとんど見ない青少年で、それはやはり今でも同じだが、多分に太宰治の影響と、同世代の人間の「映画を見るのはカッコイイ」的な「映画芸術論」に反感を覚えているからだと思う。太宰治に「弱者の糧」という小品があるが、映画なんてのはお汁粉と同じだとする太宰に共感こそすれ、映画が芸術だの何だの、そういうことを言うヤツに限ってロクに本すら読まないバカが多かったりするから、論じるだけ時間の無駄だと思っている。
映画に見る非日常があれば良いのであって、それを楽しめれば良いのである。それが邦画だろうが洋画だろうが、アニメであっても良いものは良いのであり、いちいち芸術性やら映像美がどうのとウンヌンするからバカだと言うのだ。非日常のお汁粉を有り難いと思う気持ちが、映画バカにはミジンも無い視点だと思うだけだ。
それはともかく、後編のこの記事の方がより面白い。

「時代」を共有できない時代に、文化は成り立つか?
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00088/012100009/

1980年代を多感な10代として過ごした私からすれば、やはり理解と共感はするが、私より下の世代には決して理解も共感もされない内容の記事だろうと思う。
今やバイオレンスはダブーとして封印され、大飯はテレビ番組で3キロも4キロもデカ盛りを食うフードファイターみたいな芸能人に消化され、スポーツ等の「大暴れ」はサッカーやラグビーのワールドカップでナショナリズムに一瞬目覚めて終了する。それのどこに時代的な共感があるだろうか?
記事中の「欲望の階梯」も分りやすいが、SNSでシェアやリツイートこそすれ、共有すべき願望がない現在の日本を的確に指摘しているのは、やはり正鵠を射ているだろう。親しい友人と文学どころか本の感想すら言い合えない現代において、語るべき文化なんかありゃしない。だから共有すべき願望も無く、あるのは「とにかく若く健康で生きたい」という「快感原則」しか残らない。

アフォか

そこには『葉隠』が教える武士道的な「人生の美学」も無ければ、松本零士的な「最期は笑って死んでやる」といった願望や生死観すら無い。
この記事を読んでいて「なぜ人間は生きるのか」という、普遍的かつ哲学的な疑問すら思い及ばない現代の日本人に、松本零士先生の「銀河鉄道999」が正しく理解できるとは、到底思えないと改めて感じた。それは、我ながらこんなムチャな企画でサイトを運営している私からすれば、あっ!Σ(°Д°) と思うようなイマサラ感ではあるのだが。
多少でも「松本零士ファン」を自称するような人なら、「銀河鉄道999」が宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』からヒントを得、オマージュした作品であることを知っていると思う。
では、その宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』をちゃんと読んで理解し、かつ「銀河鉄道999」の深淵なるテーマを理解しているファンはどれだけいるのだろうか?

『銀河鉄道999』「終着駅」より

・・・私はこれ以上、多くは語らない。
少年の頃から松本零士作品を(恐らく人よりは大量に)読めた幸せに感謝する。