管理人的親不知讃歌/2020/1219久しぶりに、サイト運営のよしなしごとを書いてみる

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タグ:管理人的親不知讃歌, 2020(令和02)年, PukiWiki, サイト運営, サイトの目的とグチ


 
管理人的親不知讃歌

2020/12/19

久しぶりに、サイト運営のよしなしごとを書いてみる  

武漢肺炎による新型コロナに明けた今年は、政治的にも庶民の生活的にも大混乱のまま、暮れようとしている。
政治や私個人の実生活については、色々と言いたいことや書くべきこともあるのだが、ソレはソレとして、本サイトを中心に色々と反省と(ちょっと早いが)来年の抱負を語ってみたいと思う。

〔コロナに負けず〕

私が本サイトで何がしたいかと言えば、ひとえに「松本零士先生の有名・無名を問わず、その素晴らしい作品を今の若い人や後世に伝えたい」に尽きる。
本サイトは”私設松本零士博物館”と銘打っているから、今までざっとマンガを中心に200点超の「展示」をして来たワケだが、まだまだ私のコレクションの一部でしかない。
ややもすると「松本零士コレクターのコレクション自慢」になってしまわないか、それが私にとって「そうではないんだ」と腐心する点だ。
無論、私以上のコレクターはいるだろうし、そういった人達は誰かに対して特にそのコレクションをひけらかすこともなく、満足なまま一生を終えると思われる。
私もその一人で良いのだが、それは色々な意味で余りにモッタイナイ。

松本零士先生の描く世界は、狭く汚い貧乏な四畳半から、無限の大宇宙にまで広がる。そこに男のロマンもあるし、人生訓や真理、そして松本零士先生一流の哲学も大いに散りばめられている。それは男だけではなく、女海賊クイーンエメラルダスとて、そのロマンとおのが人生を賭けて大宇宙を彷徨(さまよ)っているではないか。
そういった作品と共に、サイトでは「展示」といった形(画像+テキスト)で後世に残し、人生訓や真理・哲学の部分を繰り返しTwitterの外部Botで名言(これは私が松本零士先生の作品から勝手に引用しているが)を1時間おきにツイートすることで、広めようという試みなのである。
そして、ガキの頃から40年も愛読している私のような永遠の中二病みたいなヲッサンが、こういった記事で松本零士先生の作品を好き勝手に解釈し、大いに勝手なことを述べて後進の若者を大いに惑わす、といった塩梅である(ダメじゃんw

まぁ、私が中学生ぐらいの時には文豪の作品の名言を何かで触れ、「なにそれ、カッコイイじゃん」てな具合でその作品を読んでみる、なんてのは普通の動機だった。今はSNSが全盛で当たり前だから、普通の人がめちゃくちゃカッコイイことをツイートしていたりするが、私が小中学生の頃は8ビットパソコンの時代だから、「時よ止まれ、お前は美しい」なんてカッコイイが、じゃあ即ゲーテの『ファウスト』を読むんか?んで、それが理解出来るんか?ってな話になってしまうので、それは現代の若者には馴染むまい。
それでも自分がエエ歳こいたヲッサンで、今でも文学中年であるからにして、太宰治坂口安吾三島由紀夫の「名言Bot」をTwitterで運用していることを、白状しないわけにはいかない。
ゆえに、私設松本零士博物館サイトのTwitterアカウントで「松本零士名言Bot」として、私が考える松本零士作品の名言を収録している、私なりの意図があるのだ。

非常に回りくどい言い方だが、「刺さる言葉」というのは、なかなか存在しない。
私が好きな作家ならびにこの私設松本零士博物館のTwitterアカウントで、どこまで「刺さる言葉」を外部Botサービスを利用してツイート出来ているのか疑問ではあるが、もし何かの言葉に「刺さった」ら、その作家や作品に興味を持つだろうし、読んでみたくなるのは人情だ。
それが太宰治でも、坂口安吾でも、三島由紀夫でも、当然ながら松本零士先生の作品であっても悪かろうハズがない。
と、いうワケで、ここからは大いにグチを書かせていただく。
文豪であれ松本零士先生であれ、その作品から「名言」(ないしそれに等しい真理や哲学等の言葉)を抜き書きするのはすんげー大変なんだからな?

なぜにそんな大変なことをするのか?

チラッと冒頭にも述べたように、素晴らしい作家(太宰安吾三島松本零士先生)を広く知ってもらいたいし、後世にその作品を残したいと思うからだ。
特に本サイトは私設松本零士博物館なので、当たり前に松本零士先生にフォーカスしているので余計にそうだが、こういったサイトは他にはないだろうから、私とて本サイトの運用は常に暗中模索である。
自己のネット活動拠点が自分が運営しているWebサイトで、その宣伝・拡散のためにTwitterやFacebookを使うのが、(恐らく)本当の使い方だと私は思っている。つーか、私が一番最初にWebサイトを運営したのは2000年前後なので、昔の基準(利用出来るものは何でも利用する、といった意味)で言えばそうなる。
私自身、趣味から算出すれば40年近くパソコンと共に生活をしているので、確かに時代は変わったし、テクノロジーは大きく進化した。
しかし、本当の「真理」(「哲学」と言ってもよい)は、太古の昔からそう違わないだろう。ある意味で「テクノロジー」は表層的なモノでしかなく、必ずしも本質ではないのだ。
そういった意味において、私の本職であるSE(システムエンジニア)というのは「システム設計」や「プログラミング」が出来るだけでは、やっぱりダメなんだな。何故って、それはコンピュータを動かすための「手段」でしかないからだ。

本来的にSEとは、「仕組みを作る人」なんだと思う。

その仕組みをコンピュータシステムで実際に実現し、利益(それは金銭だけに限定出来ないが)を生むモノなのだろう。
ゆえに、私が本サイトで試行錯誤しているのも「松本零士先生の有名・無名を問わず、その素晴らしい作品を今の若い人や後世に伝えたい」仕組み、なのである。
その割に、ベースとして開発しているPukiWikiは手がかかるし、まだまだ機能的にも開発しなければならないのだが。
私個人が好きにやっていることではあるが、往年の松本零士ファンから、新たなるファン獲得まで、欲張り過ぎるかも知れないが、本サイトで何らかの貢献が出来れば本望だ。
それにしても、SEOといった意味で本サイトは全くお話にならない。

本サイトのドメインパワー?らしい

ドメインパワーもあるだろうが、PukiWikiは基本設計にいおいてSEOを考えていないCMSなので、私が開発したSEO対応プラグインでも、今のところあまり改善はみられないようだ。(´・ω・`)
・・・確かに本サイトの構成は画像メイン+テキストのコンテンツなので、ネットで検索してまで読む(参照する)コンテンツとしてはまだまだ弱いとは思う。一応、本サイトはWeb上の「松本零士作品データベース」といった面も意図しているのだが。

そこで、来年は今までFacebookページで書いていた「解説のようなモノ」の文章をそれぞれのページの「コラム」にもリンクさせ、独自コンテンツにしようと画策している。Facebookユーザはいち早く私の駄文を読んでおり、Facebookアカウントが無い人は読めなかった(って誰も読んでない?)文章をコンテンツにアレンジし、徐々に本サイトで開放する。
どこまでいっても私の駄文でしかないが、本サイト(この「管理人的親不知讃歌」コンテンツ)で公開するので、来年以降も乞うご期待!!